アフガニスタンの人道支援

tents and makeshift houses in the desert area

アフガニスタンで人道支援を行っていた、中村哲先生が亡くなられてから、3年になります。

追悼の気持ちを込めて、中村哲先生が熱い思いでアフガニスタンで活動されていたことを思い出し、また生活や支援の実際をお伝えしたいと思います。

『一隅を照らす』この言葉は中村先生が好きな言葉です。

隣の困っている人のために優しく力になることで、周りの人も明るい気持ちになっていける。

自分が今いる場所で、自分にできることを一生懸命やること。このような思いがこの言葉から伝わります。

目次

危機の経緯

1978年に始まったアフガニスタン人民民主党政府に対する武装と1989年までのソビエト連邦による軍事介入、

アフガニスタン国内での部民族間の内戦状態が続いていました。主導権争いのために内戦になるのです。

そのあと、人の権利と自由を束縛するようになりました。

1999年、国連安全保障理事会は経済制裁を発動しましたが、それに反発した組織が

反発して、紛争行為が国内外で発生しました。

2001年9月11日の同時多発テロ事件を契機に、武力勢力と政府による戦闘が続いています。

アフガニスタンの国際救援活動

ここからはアフガニスタンへの救助活動についてです。

国連アフガニスタン支援ミッション United Nations Assistance Mission in Afghanistan (UNAMA)

2002年に設立されたUNAHAの任務は、

アフガニスタン政府と国際治安支援部隊、国際機関、国際NGOと連携と協力をすることにより、安定した政治と開発の事業を担い、復興と和解促進を支援することにありました。

現在、各国の支援を受けながら、アフガニスタンの復興を支援しています。

保健医療の支援では、

  • 保健サービス基本パッケージ Basic Package of Health Service (BPHS)   
  • 病院サービス必須パッケージ Essential Package of Hospital Service(EPHS)

妊産婦、乳幼児保健や栄養、予防接種、感染症対策、医薬品の物資提供などのサービスを提供できるように国際支援が行われてきました。

現在も多くの国際NGOが支援しています。

中村先生が属していたペシャワール会、国境なき医師団、難民支援の会、拘束されている人々への人道支援、離散した家族の再会支援など、救援活動を継続しています。

しかし、人道支援団体は国際機関を標的に狙われることや誘拐により、スタッフが犠牲になることがあります。

治安の悪化により、この人道支援活動の展開が困難になったり、撤退をしないといけない状況になることもあります。

国連難民高等弁務官事務 The office of the United Nations High Commissoner for Refugees (UNHCR)

2002年~2012年の10年間におけるUNHCRの支援により、570万人以上がアフガニスタンに帰還しました。

しかし、多くの帰還者が、生活の再建に困難をきたしています。そして、再び難民として、国外に行くことがあります。

生活の現状

2021年にイスラム原理主義組織が首都カブールを制圧しました。 

国際社会からの制裁や干ばつ、ウクライナ侵攻の影響があり、食糧の価格が高くなっています。

2022年11月からこの12月、1,890万人が深刻な食料危機になると報道されています。

その内、5歳以下の子供だけでも、110万人が重度の栄養失調に陥っています。(2022年12月現在)

女性の教育、仕事

女性への抑圧を強めており、女性が中等教育を受ける事を認めず、公職から外されました。

そのことで、120万人の少女が学校に通えなくなっています。

支援団体が勉強を教えていることをしていますが、命がけの中での授業です。

女性は様々な社会的圧力や暴力に耐えられなくなり、重度のうつ病や自殺する人が増えています。

人身売買されることがあります。

そのような厳しい状況下で自殺者の80%が女性であることが分かりました。

今日12月28日の朝活ライブでは、義足支援のために、実際にアフガニスタンに義足を届けに行ったメンバーからのお話を聞くことができました。

義足は本当にありがたいけれど、義足よりも勉強に使うペンに興味を持っていた。ペンが欲しいと言っていた。

「義足は無くても生きられるけれど、それよりも必要なものがある」と感じていると。

その言葉がとても印象に残りました。

生きていくために、次の食事、明日食べる食料を心配している人が多い現状です。

義足は木と布で自分で作って、脚に付けて歩いている写真も見たことがあります。

アフガニスタンの人々は、本当に優しく、思いやりが強い人が多いです。

私もアフガニスタンのお友達がいて、とても親切にしてもらっています。

自分たちの食べ物がなくても、人をおもてなしする気持ちが強く、

人にお茶や食べ物を提供してくれます。 

人が幸せと感じ、生きる意味を改めて感じました。

また、中村先生の追悼の映像を通して、先生の思い、考えていたことが伝わります。強い信念を持ち、活動してきたことが伝わります。

中村先生のインタビュー、一緒に働いてきた仲間からのメッセージも含まれています。

用水路の大切さも若者に伝えています。

今必要なのは食べ物と水。戦争ではない。

興味のある方は、↓下の映像をご覧ください。

中村哲医師三周年追悼の会ー中村先生と共に歩むー https://youtu.be/ANStg3sfyoY

そんなアフガニスタンの国のことを多くの方に知って欲しいと思います。

今日も最後まで読んで下さりありがとうございます。 

新年も、みなさんと朝活ライブを作っていきたいと思います。

タガログ語、アラビア語、ベトナム語、英語も引き続き楽しんでいきたいです。

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